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とりあえずサイトを巡回してて結構見かけたテーマ。 「ネギまに流血沙汰があっていいのか?」 なんつーか原点回帰って感じですねw が、しかし私は別にネギまに流血沙汰があってもあまり気にしない人なんです。 って言っても異常な流血されたら嫌ですけどね、ネギま以前に漫画として。 そもそもネギま自体「燃えと萌えの融合」的な漫画なのだからバトルがあるのは至極当然。 その中で流血表現があったとしても、まぁ今回程度なら問題ないんじゃないでしょうか? 逆に考えれば 「ネギまから激しいバトルを除外する」→「それなら魔法なんか要らない」&「大部分の登場人物消滅」→「なんつーかただのラブコメに成り下がった」 的な展開になりかねないと思うんですよ。そんなネギまはもうネギまじゃない。 鷹竜戦@アリアドネーの時みたいに血が流れない時もありましたが、なんだかんだでバトルの時は相応の傷を負ってるし、血流す時は流してます。寧ろ血を流すリスクがないようなバトルって見ごたえに欠けるんじゃ? フェイトパはガチで人殺すような集団ですが、まぁ彼等テロリストですからねぇ。 3-Aの方々に死なれたらかな〜り嫌ですけど、「3-A 31人全員の卒業」がネギの修行なのだからまぁクラスメイトが死ぬっていうのはありえないしありえてほしくない展開です。 クラスメイトを除外すれば一人くらい亡くなる方がいらっしゃるかもしれません。 既にガトーさんは故人である可能性が高いですしね。 どのみちネギまがただの単純な「ラブコメ、萌え漫画」になってしまってはいけないし、ただの単純な「バトル、アクション漫画」にもなってしまってはいけない。 そもそもただ「アクション」や「萌え」だけを求めた漫画自体本質を取り違えているというか、それは全く面白みがないというものである。実際に「売れる漫画」というのはストーリー性や設定の深さありきなのだから。ネギまは「人間関係」と「アクション」という2つの要素を上手く取り入れているため読者を飽きさせないのでは? 人間関係というのはネギを巡る3-A生徒の恋愛感情。しかしネギが10歳で恋愛というものに全く無知であり、ネギは父親のナギしか見ていないというのが面白い。そういった面では完璧に「ラブコメ」なのである。しかしその中でも背景にある「フェイトの野望」「超の野望」といったブラックな事象。その中で激しく戦い、そして血を流したとしてもそれは「野望を止める者」としては流されて然る血。 ラカンの自己紹介の時の大戦期のナギとラカンの会話のシーンでも2人は血を流していたし、アスナが思い出したガトーの最期(?)やメガロメセンブリアでフェイトに襲われた時やエヴァの闇修行の時のネギなど、とくに出血がヒドかったです。特にネギね。 しかしこのどれをとっても単純に「酷」なシーンというよりはむしろ、「登場人物の成長」や「登場人物の人柄」を暗示しているようなシーンだったと個人的には思っているのです。アスナがメガロメセンブリアでフェイトに槍で刺され大量に血を流してしまったネギを思い出して「もうあんなことがないように・・・」と決意したように。 要するに、ネギまにおける流血というのは「ポジティブフィードバックできる1つの要素」なんだと思います。 そういうのもまたネギまの素晴らしさですよね。 無論、先にも書きましたが、残酷なのは嫌です。ネギまとしてもそうだし、それ以前に漫画として。 |
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