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魔法世界の地名について、魔法世界の地名には現実に存在するものがあるということが分かりました. ・メセンブリア→ブルガリアの古代都市「ネセブル」のかつてのギリシャ語における名称.現代ギリシャ語では「メシンブリア(Μεσημβρια、Mesimvria)」となる.1878年にオスマン帝国の自治州「東ルメリ自治州」の一部となり、後の1886年にはその自治州がブルガリアに併合されたことによりブルガリア領となった.そして19世紀末にはギリシャ人漁師やワイン製造者の住む村となっていたが1925年にギリシャ人が追放され新市街が建設、歴史的地区は修復された. ・メガロ→恐らくギリシャ語における「メガロポリス(megalopolis)」のことであろう.メガロポリスとはフランス人地理学者が作った言葉で、幾つもの大都市が政治,経済,文化等に於いて深い関連性を持ち連なる地域のことを指す。つまり「メガロメセンブリア」の「メガロ」とはこの言葉の最初の3文字「Megalo」のことであると思われ、メガロメセンブリアが現在の首都であることとも辻褄があう. ・オスティア→イタリアのラツィオ州ティレニオ海沿いに位置し、古代ローマの港町として栄えた.ローマ最初の植民地と言われている. ・ヘラス→ギリシャ共和国の正式名称.正式には「エリニキ・ジモクラティア(Ελληνική Δημοκρατία)」であるが、通称「Ελλάς」、つまり「ヘラス」となる.ギリシャは地中海文明のルーツの1つであり、複数の文明の接点に位置するとして世界の歴史に多大なる影響を及ぼした. ・ヴァルカン→ヨーロッパ南東部に位置する巨大な半島.現在のギリシャ人は後世にヴァルカン半島から南下してきた人々との混血が進んでおり、古代のギリシャ人とは人種に違いが見られる. ・ニャンドマ→ロシアのアルハンゲリスク州の市. 最後のニャンドマはオマケにしても残りの5つに関してはどうしても何か深いものを感じざるを得ません. メセンブリアは「ギリシャ人追放すること」によりその文化を取り戻した地域であり、ヘラスとはつまりそのまんまギリシャのことです.また、1878年にメセンブリアを併合したオスマン帝国は今では「トルコ共和国」と名を変え、現在のトルコの首都「イスタンブール」を首都としていた.そしてフェイトを派遣した魔法協会はイスタンブールの魔法協会・・・ 次にヘラスですが、ギリシャが地中海文明のルーツの一つであり,多数の文明の接点に位置する国であるならヘラスが魔法世界に元から住んでいた人々の国である(魔法世界文明のルーツ)であるということとも接点が見出せます.そしてヴァルカン。魔法世界ではメガロメセンブリアの位置がヘラスより南なのでメガロメセンブリアが「北」、ヘラスが「南」となっています.現実世界から人間がやってくるまで魔法世界に元より住んでいた人々は今のメセンブリーナ連合領地まで活動範囲を広げていたようではないようですから、恐らく現実世界からやってきた人々はメガロメセンブリアを首都とすると同時に魔法世界の文明の根源であるオスティアを支配し、そのまま南下しヴァルカン付近まで領地を拡大。ヴァルカンは位置的に連合、帝国、ウェスペルタティアの3本柱の限りなく中心に位置している。 つまり何が言いたいかっつーと、「現在の帝国の民は、後世に魔法世界に現れた連合の民がヴァルカンから南下してきたことにより北の種族との混血化が進んでいる。よってコレットやエミリィなどのごく一部に動物的特徴を持った人間が誕生した。」ということっすね。拳闘士のラオ・バイロンやドルゴネス奴隷長などは連合の民との混血の影響をほとんど受けずに来た家系なのでしょう。事実ドルゴネスの夫は完全な人間であり、その子供であるトサカは北と南の混血種(トサカは南の人種の特徴?)であるはずです。どうにも北の血が強いようですが. メガロメセンブリアの役職名が「執政官」「法務官」など古代ローマっぽかったこと、メセンブリアがブルガリアの古代都市名,オスティアがイタリアの港町にしてローマ初の植民地であったこと.そしてヘラスがギリシャの通称であること等を考えると、ネギまに於ける最終ステージはギリシャ,ブルガリア,トルコのヨーロッパ部分を構成要素に持ち、魔法世界に於いて同名の地域が魔法世界文化の重要なポイントであると予想できる地域であり、更にイタリアと隣接しているバルカン半島なのではないか?と予想してみます. |
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| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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奴隷長とドルゴネスは別人ですよ! |
時雨 湊 2008/11/02 19:13 |
>>奴隷長とドルゴネスは別人 |
Go 2008/11/02 22:27 |
「いどの絵日記」は戻せなかったのではなく、ワザと戻さなかったんです。 |
時雨 湊 2008/11/03 01:57 |
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