とある科学の超電磁砲 第7話「能力とちから」感想82009/11/15-183)

2週間も更新放置しちゃったなぁ・・ww
というわけでネギま!269,270時間目の感想も書いてないけどレールガン7話感想!
・・禁書目録19巻、買ったけど読めてないorz

さて、今回の話はグラビトン事件の解決編です。
バンクのデータにも存在しない能力者の出現に戸惑うジャッジメント一同。結論として捕まった能力者は(原作情報)レベル2だったわけですが、そこで出てくるのが佐天が言い出した「幻想御手(レベルアッパー)」です。都市伝説だとして佐天達は軽く流していましたが、多分犯人となった少年の聴いていた音楽がレベルアッパーなのでしょうねぇ。

タイトルにある通り、今回は「能力」と「ちから」が主題です。
結論から言ってしまえば、「能力の高さ≠“ちから”の大きさ」ということですね。
この場合の“能力”とは学園都市の生徒ほとんどが持っている超能力のことであったり、ジャッジメントが必要とする諜報能力であったり、アンチスキルが持つ純粋な戦闘能力であったり、その種も様々です。これらを総じて「能力」と言い表しているわけですね。一般の学校に置換するなら「学力」「運動神経」といったところでしょうか。

これらが“ちから”とは別物であるということは即ち、「人間の価値は単純な能力だけで決まるものでは無い」ということであり、今回の犯人たる少年は「自分の努力不足、不甲斐無さの責任を他に転嫁する」という、言ってみれば「自分に“ちから”が無いのはジャッジメントに自分を守るだけの“能力”が無かったから」という、完全なる「逃げ」の体制をとっているんですね。プラスして、少年のこの考えの根幹には「人間の価値は能力だけで決まってしまう」という、まさに先に書いたことと真逆の思想が存在します。「自分の努力不足からの逃避+能力絶対主義」。うわぁ性質が悪い(^^:

黒子が言っていたように、美琴は「ただのレベル1から努力に努力を重ねてレベル5、更には学園都市No.3の座にまで至った存在」です。そこにはまず間違いなく血反吐を吐くような、並々ならぬ努力があったことでしょう。そんな彼女からすれば少年の思想とそこから来る行動が許せないのは、まぁ当然のことでしょうね。それは即ち自分の努力全てを否定されているようなものですから。当麻にがっつく理由も若干この辺りと関連していそうですねー。

そして、「例えレベル1のままでもお姉さまはあなたの前に立ち塞がったでしょうね」という黒子の言葉。この一言が「能力とちから」について全てを物語っています。要するに、“ちから”というのはただ単純に「立ち向かう」ということであり、“能力”とは後からついてくる後天的なものでしか無いという結論になるのでしょうね。

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  • ◎とある科学の超電磁砲第7話「能力とちから」

    Excerpt: 先週で解決しなかったと思ったら、爆弾事件の続き。クロコは寝不足だった。この前の、メガネの人は不良に絡まれる。ジャッジメントはやってこない。ミサカはサテンを発見。サテンは自分にも能力があればいいなと思う.. Weblog: ぺろぺろキャンディー racked: 2010-02-23 14:58