「造物主の掟」の正体について(2009/11/19-184[S-055])

271時間目にて登場したフェイトの魔法具(AF?)「造物主の掟(Code of the Lifemaker)」についての考察です。

まず、この魔法具は「造物主の力を振るうもの」であることが考えられます。理由は、ラカンに対して用いた楔の発射の際に用いられていた魔法陣が、266時間目にて造物主がナギに対して用いていた魔法陣と同一であるからです。

それでは本筋。271時間目のラカンには一体何が起こったのでしょうか?
あの現象は、もう「存在」そのものを操作されているとしか考えられません。

“人形は人形師には逆らえない”、“作られた世界”、“何も知らない憐れで儚い木偶人形”といった表現を元に推測すると、「魔法世界民は造物主によって造られたマリオネットであり、ラカンもマリオネットであるが故に造物主の力を振るうフェイトの、言わば『造物主の垂らす釣り糸』に操作されてしまった」といったところでしょうか。

では、“人形”と“人形師”の関係とはどのようなものなのでしょうか?

魔法世界やネイティブの魔法世界民(ヘラスの民)を「造物主によって造られた存在」と定義するのなら、造物主のマリオネットは便宜的にはヘラス帝国臣民のみということになります。そして、ラカンという例外が存在するように、必ずしも「ヘラスの民=亜人」というわけでは無いようです。ヘラスの民は「人間と比して褐色の肌を持つ民」とでも説明できるのでしょうか。

ここからまず仮説が一つ導き出せます。

恐らく、「造物主の掟」はネギには通用しません。

理由は既に述べた通り。造物主のマリオネットがヘラスの民だけであるとするなら、当然その垂らした糸は人間であるネギに対しては何の効果も持ちません。ということはつまり、ネギに対する「造物主の掟」を利用した存在の操作は不能ということになります。無論、他の白き翼メンバーについても然り。アスナが怪しいけど・・?

これなら、大戦期のラカンが造物主に感じた“力の差じゃねぇ。「俺には絶対に勝てない」”という感情にも説明がつきます。この言葉が正に“人形は人形師には逆らえない”という言葉を表していると言えるでしょう。

更にここから、ナギが造物主に勝てたのは理由は、単に「ナギが人間だったから」という一点にあったとも推測できます。仮にラカンが連合の民であったとすれば、ラカンにも造物主を打ち倒すことは出来たと考えられます。クウネルについては少し微妙なラインですね。アレが人間なのか違うのか、未だによく分からない部分があります。

そしてゼクトについてですが、もしゼクトが「造られた存在」であったとするなら、「造物主がゼクトに憑依した」という説が濃厚になってきます。ゼクトの存在を操ってしまえば憑依など容易いことでしょう。

では次に。
「造物主の掟」が造物主の力を物体として顕現させたものだとするなら、これは一体いつ現れたのでしょう?

可能性としては「20年前(造物主滅亡直後)」「10年前(ナギとフェイトの相討ち?)」「つい最近」の3つが考えられますが、まず「つい最近」という線は薄いでしょう。根拠が不明です。すると残るは2つとなりますが、現在に於いてゼクトの行方が不明であり、且つゼクトが造物主に憑依されている線が濃厚であるとするなら、この顕現は10年前であると考えられます。ラカンは映画の中で「造物主はもういない」とは言いましたが、別に「大戦期に死んだ」「ナギが殺した」とは一言も言っていません。

すると、やはり10年前という説が濃厚なのでは無いでしょうか?

それでは最後に。
「造物主の掟」によって行使される「世界の始まりと終わりの魔法」「リライト」とは何なのか?

造物主が魔法世界及びヘラスの民を創造した際には、恐らく超大規模創造魔法が行使されたことでしょう。この魔法を今後「創造の魔法」とします。この創造魔法とは、24巻でラカンが言っていた「この世が始まったのと同じ力で魔法を終わらせていく力」の「この世が始まった力」に相当するのでしょう。

創造魔法=この世が始まった力

次に、先に述べた24巻でのラカンの台詞が表していたもの、すなわち「魔法完全無効化能力」です。創造魔法が文字通り「魔法(世界)を創造した魔法」と定義するなら、魔法完全無効化能力は「魔法(世界)を破壊する魔法」と定義することは出来ないでしょうか?

魔法完全無効化能力=破壊魔法

「世界の始まりと終わりの魔法」とは恐らく「存在操作魔法」であり、且つ271時間目のラカンに起きた現象を鑑みると、この魔法の行使の際に「存在操作対象の『分解』と『再構築』」が行われているとの仮説が立てられます。

感覚としては「鋼の錬金術師」に於ける錬金術の概念みたいなもの、実際に発生する効果については、「とある魔術の禁書目録」に登場する「黄金練成」が近いでしょうか。

「分解」と「再構築」、すなわち「破壊」と「創造」です。
すると、「世界の始まりと終わりの魔法」とは、「創造魔法と魔法完全無効化能力を術式統合した際に発現する魔法」と定義できないでしょうか?

大戦期に墓守り人の宮殿で行われていた儀式というのも、造物主の創造魔法とアスナの魔法完全無効化能力を術式統合する儀式だったのでは無いでしょうか?

「造物主の掟」そのものが「造物主によって作られた術式統合儀式のための魔法具」であったという可能性も浮上してきます。すると、「造物主の掟」が顕現したのは10年前ではなく、魔法世界成立当初からということになりますね。のどかがオスティア戦にて読心した、フェイトの「オスティア周辺の調査」というのも、墓守り人の宮殿に埋もれた「造物主の掟」発掘が目的だったとか・・?

この記事へのコメント

2012年09月24日 03:16
造物主の掟というのは、アスナの力、つまり完全魔法無効化能力の力そのものと、造物主の力を引き出す魔法具ですね、(ただし、最後の鍵以外は、完全には引き出せないので、人間の魔法は効くときもある)魔法世界人は、造物主の魔法によって造られたただの幻であるため、ラカンを初めとするすべての魔法世界人は造物主及び造物主の掟を持っている者にはかなわないらしいです、(ラカンは、相手がリライトを使ってくることがわかっていれば、あたらないから意味がないみたいですけど)

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